【我が子への残言】 東日本大震災の記憶(3)数か月後までの記憶

地震発生から、2-3か月後の記憶を書いていきます。この時期は、色々と考え感じることが多かったんですよね。

巻き起こる議論

前回の投稿で、地震発生からしばらくはこんな感じの不安の中で生活をしていたことを書いたね。

見えない放射性物質に怯え、

いつ来るか分からない余震に怯え、

暗い中でずっと生活をしないといけない

本当にしんどい日々ではあったのだけど、人間というモノは恐ろしいもので、慣れが出てくるんだ。2-3か月後くらいには、こんな未曽有の事態にも慣れてきたんだ。こういう苦しさを『忘れる』という感覚なのかな?

この頃、テレビやネットでも相変わらず震災のニュースが流れてきていたけど、少し趣の違う感じのことが話題になってきていた。父さんが覚えている範囲で挙げると、以下の2つがよく話題に上がっていたかな。

  • 原発は今後も使っていくのか?使っていかないのか?
  • テレビやネットで、楽しいことを流すのは不謹慎か?

一つ一つ見ていくね。

原発は今後も使っていくのか?使っていかないのか?

地震発生後、福島第一原子力発電所にある緊急装置が津波の浸水によって働かなかった。それが要因で、原発事故が発生し、放射性物質を外に出してしまった。健康被害や福島への風評被害、諸々の悪影響があった。

こういう結果から、原発が必要かどうか?を議論する場面をテレビやネットでよく見かけた。見ると『必要ない』と判断する人がほとんど。『必要』とした人は少数派だったね。

ただ、原発はこういったリスクと引き換えに、大きなエネルギーを安価で生むことが出来るんだね。照明、テレビ、エアコン・・・こういった家電製品を使うことで日本人が豊かになっていくにつれ、大きなエネルギーを消費するようになった。それを賄える原発というのは、ある意味で需要にそった発電設備であることもまた事実と言えるんだよね。

一度、楽な生活を覚えてしまうと、そのレベルを下げた生活をするのはなかなか難しい(苦笑)加えて、冒頭に書いた『忘れる』・・・悪い意味でも、忘れてくる。

地震後はあれだけ暗かった照明の明るさも、数か月すると普通に戻っていた。春から夏にかけて暑い時期は、エアコンも普通に使われてきた。節電を協力して生活していこう・・・と言う意識を忘れ始めてたんだね。エネルギー供給は今後も増えるんだろうと思っている。

そんな中でも、本当に原発を手放すのか?

2019年の今でも、こう言った議論は続いている(地震後に全ての原発を止めたので、再稼働させるかどうか?という少し違う形になっているけどね)。

生活レベルを下げずに、原発と付き合っていくのか?

生活レベルを下げて、原発を無くすのか?

究極の二択ではあるのだけど、日本はどちらかを選ばなくてはならないのかな?と言うところ。

ちなみに、

生活レベルを下げずに、原発以外の発電に頼るのか?

と言う案もないことはない。ただし、電気料金が大幅に上がる。何故なら、原発の発電コストが安いから。だから、生活レベルを下げずに・・・と言う部分は正確ではなくなる感じだね。電気料金が上がると、その分、家計を圧迫することになってしまうからね。

安価な原料で、大きなエネルギーを生む発電方法を見つかれば、その問題も解決するんだけど・・・

趣味・娯楽は、いつまで自粛しないといけないのか?

地震発生後、地震・津波で多くの方が亡くなられた。

喪に服す。

多くの悲しみに包まれて、日本全体がそういう空気感になっていた。地震発生後しばらくの間、テレビではバラエティー番組は放送自粛、CMも自粛。父さんと母さんが大好きなJリーグも、しばらくの間リーグ・カップ戦とも休止。みんなで、この悲しみを受け止めよう・・・そんな感じだったんだね。

ただ、この災害が本当に未曽有の事態で、原発事故の処理を筆頭に復旧の目途が全くつかない感じだった。でも、未来永劫ずっと自粛し続ける・・・と言うことも不可能で、経済を回さないと日本全体がダメになってしまう。その再開をどこでするか?が問題になっていたんだ。

そんな中、地震から数週間たった後くらいだったかと思うけど、プロ野球セ・リーグの3月末頃の開幕は予定通り行うと発表があった。自粛ムードが漂っている中の発表。東北地方の方々は、生活がまだまだどうなるか分からない。しかも、セ・リーグの中心チームのジャイアンツは、原発事故で混乱している東京電力管内の東京ドームを本拠地としていて、大きな電力がそこで消費される。

何を考えているんだ。

みんなが節電に協力しようとしている中、大きく電力消費する東京ドームを使うなんて・・・

自粛するのが当たり前だろ!

そんな批判が出ていた。エネルギー問題について指摘する批判以上に多かったのが、

東北の震源地近くで被災された方は、まだまだ苦しい生活を送られている。

そんな中で、野球という娯楽を楽しんでいて良いのだろうか・・・?

野球の再開が一番早くて記憶にあったので例に挙げてみたのだけど、野球ファンの中ではこういう風に思っていた人は多数居たと思う。野球以外でも、本当に些細な楽しみにおいても自粛をしないといけないんでは?と思っていた人も多いと思う。趣味・娯楽と自粛とのはざまで、みんなが大きく悩み苦しんでいたんだ。

普通の生活をしていれば良い。

この娯楽・趣味と自粛とのはざまで、父さんも苦しんでいたんだけど、そんな時、1995年の阪神大震災を神戸で被災した方の投稿を読んだんだ。詳細な文章は覚えてないんだけど、こんな事が書かれていたんだよ。

阪神大震災は地震後に起きた火事で、焼野原になっていた。避難所生活を送っていても、周りは焼野原。いつまでこんな生活が続くのか?と陰鬱な気持ちになっていた。

ふと仕事で、被害の少なかった大阪に出た。そこには、焼野原はなくて・・

普通の生活があった。

笑顔があった。

それを見て、何故かホッとして、いつかこういう日常が戻るはず・・と勇気が湧いた。

これを読んだ時、普通に生活できる人の過度な自粛はあまり必要ないのかも?と思うようになった。普通に生活していれば良いんだと。(あくまで、父さんの感想・・・ね。)苦しい方々が戻ってきたときに日本がさらに活気が出るように、経済を支えていないといけないんだとも。

色々な意見があって良い、議論があって良い。これらの問題は、この時期に色々と考えさせられたんだ。

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