【U-24日本代表】田中碧のコメントから今後の日本サッカーを占う。

東京オリンピック・サッカー日本代表、銅メダルならず。本当に、残念。

銅メダルマッチは、準決勝の敗退のショックが拭いきれず、疲れも抜けきれず・・・と言った所ですかね。本来の日本の姿からは程遠かった印象でした。

結果論ですが、初戦の南アフリカ戦で複数得点が取れなかった事が響いたのかな?という印象。第3戦目フランス戦で主力選手を休めることが出来なかったので、6戦連続で際どい勝負を強いられることになった。流石に6戦続くと、持たないですよね。

ただ、その戦いっぷりに、ありがとうと言いたいですね。本当にお疲れ様。

で、今回の記事は、その銅メダルマッチの後の田中碧のコメントが、個人的にめちゃめちゃ響きまして、その辺について、深く考察してみたいかと思います。

[土塔えんじ:ご覧の提供でお送りします]

田中碧のコメント

田中碧のコメントは以下の通りです。

田中碧「彼らはサッカーを知っているけど、僕らは1対1をし続けている。そこが大きな差なのかな」


https://hochi.news/articles/20210806-OHT1T51241.html

これ、準決勝:スペイン戦を見た、元日本代表監督:オシムさんも同じことを言っています。

オシムさん

「本当に簡単にボールを失ったし、それぞれがひとりでプレーした。」

https://number.bunshun.jp/articles/-/849271?page=2

個人的に、今年に入ってから位で注目し始めた選手でしたが、田中碧は頭が良いのですね。プレーをしながら、オシムさんが指摘した差を感じ取れている事になる。田中碧、今後の海外での活躍に期待したいですね。

少し話がズレましたが、田中碧のコメントをどう解釈すればよいのか?という所は気になる所ですよね。それほど、センセーショナルなコメントだったな・・と感じます。

この意味を理解するのに、Twitter のタイムラインを眺めていると、システム論、戦術論に落とし込む人を多く見かけましたが、個人的には少し違った印象を受けてます

その辺を少し。

田中碧が「サッカーを知らなすぎる 」と言った意義。

田中碧は、このコメントの中でこうも言っています。

個人個人でみれば別にやられるシーンというのはない。でも、2対2や3対3になるときに相手はパワーアップする。

・・・

やっぱりサッカーを知らなすぎるというか。

https://hochi.news/articles/20210806-OHT1T51241.html

この言葉を田中碧が発した意味、かなり重いと感じませんか?そして、その意味をシステム論やチーム戦術論に落とし込むのには、ここに大きな違和感を感じてるんですよね。

今夏にドイツに移籍しましたが、田中碧はフロンターレの主力選手。フロンターレと言えば、昨年からずっと他Jリーグチームを圧倒しているチームですよね。代名詞的にも言われてますが、ポジショナル・プレーを存分に発揮しているチームです。

そんなチームの(元)所属の主力選手なら、戦術論・システム論は理解しているはずですよね? でも、そんな選手が『知らなさすぎる』と発言したことに、戦術論・システム論に落とし込むには矛盾を感じるんです。

これ、Jリーグ、強いては日本サッカーの根幹を揺るがす事態なのではないかな?という思いもあります。そこを解決するのに、1つの光明も記しておきます。

[土塔えんじ:いったん、CMです]

コレクティブなサッカー

ここで、再びオシムさんの言葉を引用します。

忘れてならないのはサッカーはコレクティブな競技であることだ。個のプレーが行き詰まったときに勝つのはコレクティブだ

https://number.bunshun.jp/articles/-/849272?page=2

自分のコメントの信用度を上げる為に、『オシムも言っていた事ですが・・・』と、一時期、プロの解説者でも使いまくってましたよね。 そんな解説者を僕は鼻で笑ってましたが(プロの解説なら自分の言葉で勝負せい!とw)、素人の僕は巨人の肩に乗らさせてもらいます(笑)

オシムさんも言っていますがw、

コレクティブ』・・・『共有する、共同で作る

これを理解する所が、今後、日本のサッカーの運命を左右するところなのかな?という気がしてます。

『共有する』=『チーム戦術』なんでは?となるかも知れません。が、上で挙げた田中碧の例から違うものだと個人的には理解しています。

この記事のまとめとして、最後にその辺を少し掘り下げます。共有するものは何?というところ。

共有するものは何?

以前に書いたブログ記事で、日本サッカーの良さは『作戦遂行能力の高さ』だと思ってます。

ただ、日本人選手は良くも悪くも戦術論に偏り過ぎる傾向があるように感じてます。

ある局面において、AとBという2つの選択肢があったとして、

  • A: チーム戦術に沿った選択。
  • B: チーム戦術に沿ってないが、Aより試合展開を優位に進める選択

この2択を迫られた時、今の選手はほとんどAの選択肢を選ぶ印象なんですよね。それも、間違いではないけど、正しい判断ではないというか。言葉で表現するのが難しいのですが、そこに自分の判断がないというか、責任感がないというか。

そうではなくて、自分の判断・責任で迷わずBの選択肢を選ぶ選手が出てきて欲しいなと感じます。『俺は正しい判断をした。これでスタメン外されても悔いはない!』みたいな気概を見せる選手(本田・香川は、この典型でしたよね(笑)だから、プレーを見るのが楽しかったです)。

オシムさんの言う『コレクティブ=共有する』・・・と言うのは、Bの選択肢、つまり『チーム戦術に沿わない場面になっても、正しい判断を選ぶ』という所を選手全員が共有できるようにする・・・ではないかな?と思ってます。

少し例を挙げると、この大会、久保や堂安は積極的にシュートを打ってましたよね?一見、良いように見えますが、これは『積極的にシュートを打っていこう!』という指示を忠実に守ったのではないかな?と。

そして、オシムさんはこれを『ひとりでプレーした』と評しているのだと。

オシムさん、W杯南アフリカ大会の時に、むやみにシュートを打ってた嘉人を独善的と評してたのを記憶してます。オシムさんの記事を読んで、今回の久保、堂安はその独善的ということやったんかもな?と感じました。つまり、久保・堂安はシュートを打つ前に、自分より有利な体勢の選手が居たかどうか?の判断をしていなかったのでは?という所ですよね。

何度も書きますが、自分の責任で正しい判断をする、これが重要なんだろうな・・・と思います。

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個人的にサッカー観戦歴は30年以上になるのですが、それでも全然サッカーの本質が見えてないな・・・と痛感させられた、田中碧のコメントでした(苦笑)それ故に、記憶に留める為、この記事を書いておこうと思った次第でもあります。

逆に、だからサッカーは面白いな~ということを再確認できました(笑)まだまだ、楽しめそうです(笑)

このブログ記事は僕の想像の域を出ませんが、サッカーの本質って何か?を考えながら、これからも自分の考えを書いて行こうと思います。

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